ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
双方スケールの大きいロシアのピアノ協奏曲の最高傑作だが、アルゲリッチはそれを超えた演奏を繰り広げている。ラフマ第3は演奏至難の曲だというが、それを弾き倒す感覚は、聴いた人たちを熱い感動ヘと誘う。チャイコもまたしかり。超有名曲もまた、衝撃の熱演である。
賛否両論が出てくること必至だが、僕個人は、聴いて胸がすくパワフルな演奏である。第3楽章だけでも、聴く価値大あり。
ショパン:24の前奏曲集
前奏曲は1977年、ポロネーズ第6番『英雄ポロネーズ』が1967年、スケルツォ第2番が1975年、作品60が1961年の録音。この中で所謂『24の前奏曲作品28』については彼女のディスコグラフィの名演一つに数えられる演奏と言うことになると思う。
ぼくにとってアルゲリッチの演奏は、『自分だったらこの曲をこう弾いてみたい』と思うそのとおりを具現化してしまう演奏だ。常にテクニックよりも、『その曲を自分でどう弾きたいか』、を『考える』という所作をおこなわずに、直接『感情』から表現する。こういうことができるということが真のピアニストだ、とも言えるのだろう。
併せてこのアルバムでは前奏曲以上にポロネーズ第6番『英雄ポロネーズ』が名演だ。技巧的で秀逸な演奏のマウリティオ・ポリーニのこの曲の演奏と比較してみると実に愉しい。ポリーニが7分8秒で弾いているこの曲を、アルゲリッチはわずか6分25秒で弾ききる。このアルバムの肝はこの曲にあるとぼくは思う。
アルゲリッチの音楽夜話 [日本語解説書付輸入DVD] (Martha Argerichi Evening Talks a film by georges Gachot)
息を飲むほど美しく、最高におもしろいドキュメンタリ映画です。
音楽夜話というタイトルは、インタビュー嫌いで知られるアルゲリッチが映画製作のスタッフをおそらくはジュネーヴの自宅(日本語のライナーを書いている宮本明氏は、アルゲリッチの三女ステファニーの住まいではないかと推理している)へ招きいれ、ぽつぽつと話をはじめるのが深夜になってからだったということらしく、そこにちなむものと思われます。彼女のすぐ後ろに「アルゲリッチの秘蔵っ子」とも呼ばれているキューバ出身のピアニスト、マウリシオ・バリーナが座っていて、彼が言葉をはさむと、それまで空気をうかがっているようだったアルゲリッチが、まるで音楽のアインザッツをとらえたかのように、味わい深い言葉を矢継ぎ早に、そしてリズミカルに発しはじめる様子がすでに感動的。
アルゲリッチは1941年にブエノスアイレスで生まれ、14歳でウィーンへ行きグルダに師事。16歳でボルツァーノとジュネーヴのコンクールで優勝し、国際舞台へと躍り出ました。この映画では、その頃からの古い音源(57年のハンガリー狂詩曲!)や映像をふんだんに織りまぜ、彼女の音楽をさまざまな形で聴かせてくれます。ファンであればアルゲリッチという人のことをもっと好きになるでしょう。個人的には冒頭とラストに登場する、オベリスクが建つ夜の街の風景がこの映画の雰囲気にあまりにぴったりで、いったいどこだろうと思ったのですがブエノスアイレスだったのですね。そのカットイン映像では挿入音楽として、最初はシューマンの子供の情景から《異国より》が、そしてラストはプロコフィエフの《トッカータ》が使われています。そしてシューマンの協奏曲のリハーサルに登場したマルタが、指ならしとしてシューマンの《トッカータ》を弾く場面もとても印象的です。この曲を聴くと、シューマンが当時はパガニーニに夢中であったのだろうということが透けて見えます。トッカータの強烈なリズムと超絶技巧、そしてそれだけではなく、対位法的なメロディのきわだちが盛りこまれ、名手の手にかかるとときおりふわりと聞こえてくる和声的なラインの美しさに魂を持っていかれそうになります。その曲をアルゲリッチは「いまの気分(フモール)」にのせて一気に紡ぎだしていく。ある意味で、あれこそが飾らぬ、ありのままの彼女なのではないでしょうか。そして弾きながらカメラを笑顔で追い払う。あの瞬間に、この映画の真髄が凝縮されています。
Collection 2: The Concerto Recordings
DGのアルゲリッチ生前回顧集第二弾。前作ソナタ集がオリジナルリリース時の内容を忠実に復刻したのに対し、こちらの協奏曲集では7枚中3枚で2in1的なカップリングが行われている(つまり本作は10枚のアルバムを7枚にまとめている)。前作より組み枚数が1枚減ったにもかかわらず収録時間が延びたのはこのためだが、問題もある。
ひとつはリリース時に含まれた楽曲でカットされたものがあること。ただしこれは「協奏曲集」というボックスの括りに沿わない楽曲のみを対象としており、やむを得ないところだろう。また収録時間の関係から時系列的な並びが崩れたことも、気になるといえば気になる点だ。
もうひとつは内ジャケと収録内容に不一致が生じたこと。紙製の内ジャケは前作同様オリジナルの意匠を丁寧に復刻しており、本ボックスの大きな魅力である反面、今回の編集で追加された曲は表記されない。つまり7枚中3枚は内ジャケを見ただけでは中身が分からない。この点はブックレット(たいへん丁寧なつくり)で補完しているので問題はないとはいえ、やや不便を感じるところだ。ボックス裏に貼られた紙がインデックス代わりになるので、剥がした後は捨てずに箱に入れておこう。
収録内容はここで改めて記すまでもなく素晴らしい。67年から04年まで、アルゲリッチがDGに遺した協奏曲を網羅しており、いくつかの重複曲では指揮者やオケの違いも聴き取れる。アルゲリッチの実演、特に協奏曲は指揮者やオケとの間に強烈な緊張感があり、下手をすると破綻する場合もあるのだが、ここで聴かれる絶妙のバランスは流石にDGと言うべきか。
なおアルゲリッチはDG以外にも多くの協奏曲録音を遺している。本作収録のプロコフィエフは97年のEMI盤(デュトワ/モントリオール響)も完成度の高い名演。併せて聴くことをお勧めしたい。DGのアルゲリッチ箱、次回第三弾は重奏曲集だろうか。