沢庵 (中公文庫)
水上氏の伝記ものはこの「一休」と「良寛」、そして本作「沢庵」が有名ですが、
私はこの「沢庵」を水上作品の中でも、文学史に残すべき傑作だと思っています。
例えば「一休」の時とは違い、氏の、対象への姿勢・文章に余裕があり、
沢庵に迫ろうとする思いと、落ち着いた趣きが作中に並存しています。
そのため読者に、伝記物にありがちな、変に熱い執拗さも感じさせなければ、
乾燥したつまらなさも感じさせません。
全体を通して、名文として挙げられる箇所が多くあります。
水上氏に使われると、何の変哲もない一つの言葉・一つの表現が、
じわーっと深い意味や雰囲気を持つことがありますが、
この「沢庵」は伝記物でありながら、その水上氏の魔力が多く発揮されています。
現代作家の伝記ものの中でも群を抜いた名品です。
ぜひご一読あれ。
満洲の光と影 (コレクション 戦争×文学)
戦争は植民地満洲から始まった。傀儡国家として葬り去るのも自由である。ただリアリティーのある文学作品として後世に遺すことは必要なこと思われる。ここに明治生まれの里見惇、徳永直、大正生まれの清岡卓行、宮尾登美子、昭和生まれの三木卓、村上春樹ほか、満洲体験のある著名な作家たちの満洲を描いた短編が収載されていて、読み応えがある。700頁に及ぶ本書は、じっくりと読むに堪える力作集である。(個人的に言えば、私の父は満洲開拓団長として彼の地に客死しているので、本書を哀憐深く読み込んでいる)
ブンナよ、木からおりてこい (新潮文庫)
中学受験にでそうな名作探しで、水上勉氏の「ブンナよ、木からおりてこい」をチェックしました。これを入試に素材文で出すかと言われたら、多分出さないと思います。表現がやや冗長で、同じテーマが繰り返しでてきます。設問が作りにくい文章です。もしかしたら、環境問題つながりで食物連鎖という言葉を引き出すために使うかもしれません。その場合には理科で出題される可能性がありますね。
でも、とてもいい作品です。1987年にビデオになっているようです。いいこと、悪いこと、弱者への思いやり、食べることへの謙虚さ、そういうことを教えたいのなら、この本を音読してあげるといいと思います。アニメブックもあるのですが、これもビデオも入手難です。残念ですが。
文体は語りに向いています。音読してあげるなら小学校低学年から。自分で読むなら中学年からかなと思いました。
雁の寺・越前竹人形 (新潮文庫)
3回読みました。 主人公玉枝が喜助に対して注ぐ哀しいまでにひたむきな愛情〔恋情〕に本来の日本女性の姿を見た思いがしました。また、最後は哀れな結末で終わるのですが、その玉枝に「頑張れよ、負けるなよ」という作者の声が作品全体に響いているような気がします。