掏摸(スリ)
エンディングと、悪を正当化していない点は好きです。
腕利きのスリが、巨悪な力に翻弄される話です。
主人公がスリを行う場面は緊迫感があってなかなかです。
特に、後半の見せ場のスリ・シーンはスピード感がありました。
スるときの手元のアップ、被害者の挙動、周囲の喧騒、
スリ師と被害者のツーショットのなどなど。
手品をいろんな角度から撮影しているカメラのようなイメージです。
しかし、全体としては私は物足りませんでした。
表紙や書き出しの文章イメージから、
アニメのデスノート的知能戦や、
展開が次から次へと変わるストーリーと期待しました。
一方で、話の展開がやや強引な気もしました。
主人公が自分の運命や言動を思い返すシーンは頻繁に出てきました。
これはスリの場面と、あえて対比させているのかな?
でも抽象的(詩的?)な表現の出てくる部分が少し眠たくなりました。
主人公が物思いにふける後半の場面です。
登場人物のキャラクターが薄いので、イメージしにくかったです。
私は複雑な段取りのスリ場面もイメージしにくくかった。
ストーリーは別にしても、これは映画向きかなとも思いました。
でも実写にすると犯行場面の映像化が難しいかな。
SFや時代物でなく、現実世界の話ですが、
イマイチ、物語の世界観がふわっとしている印象でした。
銃 (河出文庫)
最近、中村文則さんの芥川賞受賞作『土の中の子供』と、『銃』を読んだのですが、人間の誰でもが持つ心の暗部というものを実感、痛感させられました。
人間、誰しも、暗い気持ちに傾きかけることが有ります。
誰も、自分のそんな暗い気持ちやトラウマに目を向けないで普通に生活してゆこうとするのですが、中村文則さんの書くものには、その暗い気持ちそのものが実に正確に描かれています。
短いセンテンスの文が段落になった時に、彼(中村文則さん)の文章は、その筆力を発揮します。
視野が限定され、さらに限定され、読者の気分も主人公の想いに一致させられる。
悩んだ末に答えが見つからない悪夢、いや、現実の僕たちの生活でも、ひょっとすると陥りかねないシチュエーションを、そして、その気分を見事に再現されています。
これには、感服しました。
まさかジープで来るとは
日常体験の中でのちょっとした予想や淡い期待を軽く裏切るかのような、まざまざとした「現実」をもの語る雄弁なる無機質感に、思わず「ぶはっ」と吹き出してしまうことがあります。この本はそうしたある種の失望感みたいなものを笑う、辛らつな表現集です。
これが文学と言えるのか、あるいは「だから何なんだよ」、と余計なツッコミをいれたくもなります。
しかしこのプチな失望感や空疎感、またある種のすれ違い感覚に向ける鋭い目線には、「あるなあ、こうゆうの」と共感せざるを得ませんでした。諧謔味あふれる面白い本です。お笑いのネタ本にもなりますね。
第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)
「又吉さんはいつか小説を出してくれるだろう」と思っていた時、この本が発売されたと知りました。まだ途中までしか読んでいませんが、「又吉さんの脳内はどんな事になっているのだろう」と考えさせられる一冊です。気軽に読めて良いです。
何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)
刑務官の僕が犯罪者と自分の内部とを行き来しながら見ているもの。
連続婦女暴行事件の犯人である佐久間が言う言葉
「倫理や道徳から遠く離れれば、この世界は、まったく違ったものとして、人間の前に現れるんです。まるで、何かのサービスのように」(102頁)
倫理や道徳から遠く離れてしまっている犯罪者と、主人公である僕との境界線が、他でもない僕の過去にある。
狂っているとしか思えない犯罪者と、狂っていたとしか思えない過去の僕。
人間が決められる領域じゃない死刑と執行する刑務官が抱える心の闇。
雨の中で閉じ込められた室内のように、湿度を感じる小説だった。