妻に捧げる犯罪―土屋隆夫コレクション (光文社文庫)
「松本清張の推理小説はたくさんありすぎて、何から読んでいいのかわからない」
と言う女性に、
「それならいっそ、土屋隆夫を読め。松本清張の代表作に相当するレベルの作品しか書いていないと言っても良いくらいだ。試しにこれを読め」
と本書を勧めたことがある。
「こんな凄い作家がいたなんて、知らなかった。」
「『危険な童話』も『影の告発』もみんな面白い」
と、感謝された。
もし、あなたが土屋作品を読んでいないなら、あなたにもお勧めする。
影の告発―千草検事シリーズ 土屋隆夫コレクション (光文社文庫)
1963年 第16回日本推理作家協会賞受賞作。
満員のエレベータの中で、光陽学園校長 城崎が殺害された。混雑にまぎれて、何者かが毒物を注射したのだ。手掛かりは、一枚の名刺と、被害者が最後に残した「あの女がいた」の一言。千草検事は、一人の男に焦点を絞るが、完璧なアリバイに捜査は難航する ・・・
昨年物故された土屋隆夫さんの千草検事シリーズ。千草検事と、刑事たちが地道な捜査で、アリバイを崩していくという本格ミステリ。都内で事件が発生した時刻、容疑者が遠く長野県小諸にいることを、観光地のスナップ写真や第三者の証言、そして現地での落し物が裏付けてしまう。カメラを使ったトリックは分かりやすいのだが、それ以外は見破ることが難しかしい。
千草検事が、容疑者の悲しい過去に迫るとき、第2の殺人事件が発生してしまう。ここにおいても、容疑者のアリバイは完璧なのだ。千草検事は、日常の様々な出来事から、事件解決のヒントを得て、自身でそれを検証していく。シリーズの真骨頂というところか。
トリックに強引なところはないし、納得のいく種明かしをしてくれる。
ここまでは、端的にいうと、2時間サスペンスドラマ。いわゆる土曜ワイド的な作品。
本書では、各章の冒頭に、正体不明の少女のモノローグが綴られる。事件に深い関わりを持っているのだが、ここも一つの謎を形成している。このモノローグの意味がわかるとき、単なる謎解きに終わらせない味わいを感じることができるだろう。
地方の中高生の描写があんまりなのと、千草検事がそれほど魅力的ではないのが、難点ではあるかな。幼い子を殺人事件に絡ませているのも、ちょっといただけない。