個人的な感想おすすめ度
★★★★☆
12年間片思いを続ける女性を描いた表題作。少し間違えばストーカー文学、腐れ縁、よくあるだめんずもの。なのに、この切実さ、清新な印象はいったい何だろう。理屈じゃない。不思議な小説だ。(川端康成文学賞受賞)
著者の作品の魅力として、よく男女の独特の距離感が挙げられる。表題作に加え2作が収められた本書でも十分に味わえると思う。
読みながら、日向子のように生きるには自分に何が欠けているのだろう、と考えていた。好きで好きでたまらない男性に出会えていたら・・・ その上で、自分にもう少し情熱があったら、根気があったら、積極性があったら、献身的になれたら、楽観性、しぶとさ、図太さ、自己合理化ができるたくましさ、小さなしあわせを心に蓄える純粋さがあったら・・・われに返って思う。現実に日向子の立場になったら厄介なのは目に見えているのに、どういうわけで「日向子のように生きるには」なんて仮定をしているんだろう、足りない要素を挙げてみたりしてるんだろう・・・ さらに不思議なことに日向子になるために必要と数えあげたそれらは、情熱、根気、積極性・・・とポジティブなものばかり。・・・そうか、ある意味日向子はなりたくてもなれない憧れの人なのだ、と気づく。きっと、すこし自分に似ている気がするけれど決してなれない、その微妙なずれが憧れを募らせるのだ。思えば本書に限らず、著者の作品に同年輩の女性の出てくると、つい自分と比べる。引き算をして足りないところを数えている。
そんなふうに読む小説とは、そうそう出会わない。どこが好き、と説明するのは難しいのだけれど、やっぱり著者の小説は特別なのだと思った。
セックスレスな男女関係の希望と可能性
おすすめ度 ★★★★☆
絲山秋子の小説にはステレオタイプな男女関係が一切出てこないから、良い意味で小説としての期待を裏切るし、セックスレスな現代(いま)を感じさせる。本作も、高校から20年近く、手をつないだことさえない小田切孝くんと大谷日向子さんの関係が綴られている。当初は大谷さんの一方的な憧れ、片思いってあたりと、セックスを抜き取ったメルヘンチックなその関係は、チッチとサリーすら思わせるほのぼのさである。セックスに縛られない男女関係というのが、これほどストレスのない、持続的な関係を生むのかという発見がある。小田切さんと大谷さんの、まさにone to oneの関係以外に、ほとんど他者が介在してこないという手法も、最近の人間関係が錯綜する小説の中にあってはかえって新鮮である。このシリーズ「袋小路の男」「小田切孝の言い分」はまだまだ読んでみたい。
独身の叔父と中学生の姪が文通でやりとりする「アーリオ オーリオ」も、ある意味、セックスの介在しない男女関係であり、これも読んでいて、ほのぼのと楽しい作品だった。